6月15〜16日 星空タンデムツーリング修行

日没を過ぎても、モゴチャまで行きたいというアキオに従って走る。

アマザルの古いガスステーションに、アキオの友人アフマールは居なかった。これでもうアキオは、昔の旅を追うのを止めてくれるだろう。

壮大な景色が1ミリの写真に写らないのが本当に残念。空が暗くなってゆく。

夜が来る。午後11時頃、目的地モゴチャに到着。真っ暗で何もわからない。とりあえずガスティニーツァの看板がある建物へ入り「ツーリスト」という宿のことを訊ねる。「ここではない、あっちにある」と教えてもらう。その宿の向かいの店にたむろしている酔っ払いの若者達。狂ったように吠えまくる大きな犬。
暗い道を進みマガジンで道を訪ねる。「まっすぐ行って右にある」というので行ってみても見つけられない。その後2件のマガジンで訊ね、ようやく見つけた宿『ツーリスト』は満室でニェット。平日の田舎町で満室だなんて考えてもいなかった。パトロールで張っているポリスに宿を尋ねてみると「あっちのドーム」と一言。外人に興味はないらしい。そのドームが見つからない。
先に道を尋ねた宿へ戻り、泊まれるか聞いてみると、やはり答えは「ニェット」。
「他に宿はないの?」と聞いてみると『7』という宿があると言う。確かに看板に『7』と書かれた建物をさっき見かけた。
『7』へ行ってみると、ドアの前でたむろしている人々に「ニーハオ!」と笑顔で声をかけられる。どこへ行ってもチャイニーズと間違われる。「イポーニ」と答えると「ワオ!」という具合。珍しいのかも。で、『7』でも「部屋はニェット」と言われ、私は腹が立った。部屋が満室なのではなく、夜遅くに来た中国人は泊めないという暗黙のルールがあるように感じた。もちろん私は日本人だが、そういう態度に腹が立った。
本来ならば「駐車場にテントを張らせて下さい」と頭を下げるべきところだが、このような待遇を受けた町になど居たくはなかった。
気温は11℃。母が「絶対に持って行きなさい」と言ってくれたおかげで持っているカシミアのセーターを着込む。そのためにバイクの荷物を路上で散らかしていると、通りすがりの車の窓から狂った目をした男が顔を出し、何か叫んで通り過ぎてく。モゴチャという町は、日本と似ている。都会ではなく、ド田舎でもなく、発展のない住宅地。酒を飲んだ若者も、真面目そうな少女も、夜12時前の道を歩いている。ごく普通の町。爆音で音楽をかけて町を行ったり来たりしている車も日本でよく見かける。若者の楽しみが少ない。ロシアはお酒がとても安いので、お酒を飲むことぐらいしか夜を楽しめないのかもしれない。あるいは短い夏を楽しんでいるだけkもしれない。モゴチャ。昼間はきっと、静かな街だろう。



夜の幹線道路。何もない。月明かりと星空と不安。でも、月が出ていれば、怖いことは何も起こらないというジンクスを私は信じている。空には北斗七星、カシオペヤ。夜12時過ぎに一度真っ暗になったような気がするが、1時を過ぎると空の端の方はうっすらと明るい。真っ暗な闇に包まれないというのは救い。
後ろから追い抜いて行く車に注意を払う。前から来る車に女が乗っていることを気づかれないためにアキオの陰に隠れる。
夜。先の見えない道を走る不安。シールド越しに見る反射鏡が2重3重にぼやけて眠気を誘う。眠気に耐えられずガムを取り出す。噛むと眠気がすっと消えた。

途中、立ち寄ったガスステーションに横にあるカフェで、アキオはコーヒーを飲みたいと言った。午前1時50分。気温は9度。私は「絶対イヤ」と言った。敷地内にはトラックが10台以上停まっている。こんな時間にカフェに入って寄ったトラック運転手に出くわすなんて真っ平御免だ。アキオはとても不服そうに、でも納得してくれた、カフェには寄らず走り出した。

いつまでたっても、ぼんやりと明るい空が明るくならない。眠気との戦い。どこかでビバーク(野宿)するか、走り抜けるか。走っている方が安全に決まっている。だから私は走る方を選んだ。なんという臆病。でも、命のためなら臆病だって構わない。
とにかく前へ進むこと。フェイスブックで栗原さんが励ましてくれた言葉に集中する。

空が少し明るさを増した頃、町の灯りが見える。それだけで、心に灯がともるような安堵感。追い越して行く車、向かって来る車も、深夜より多くなる。2台3台と。

チェルヌイシェフスクの真新しいガスステーション。ここを見つけた時、「砂漠のオアシス」という言葉が思い浮かんだ。来た道を振り返ると、夜明けが来ていた。

日没から夜明けまで。一つの修行を乗り越えた気分。

ガスステーションを少し進むと、新しいカフェ。バイクを止めるとおじさんが「ここの料理は美味しいよ」と話しかけてきてくれた。昨夕は夕食が食べられずお腹が空いていた。しかし「ブリニー」も「ペリメニ」もなく迷っていると、さっきのおじさんが「プロフが美味しいよ!」と言ってくれて、それからパンと、砂糖もミルクも入っていないコーヒーも注文してくれた。何も言っていないのにコーヒーの好みを察知してくれて嬉しい。

WiFiが使えるということで、Booking.com でチタのホテルを予約した。飛び込みで行くと泊めてもらえないことがわかった。ベロゴルスクでも、Booking.comに登録されているホテルが1件あり、サイトで確認するとすべてのタイプの部屋の空室があるのに、直接行くと泊めてもらえなかった。小さな差別かもしれない。でも、Booking.comを使えば泊まれることがわかっているので、その手段を使えば良いだけのこと。

客は私達だけだったが、後から男が一人入ってきた。にこやかではない、どこの国の人かもわからない。
私たちは、今日が何月何日で、今が何時なのかわからない。ウエイトレスに時間を尋ねると、携帯電話を見せてくれて、午前5時過ぎだとわかった。
隣のテーブルに着いた男に「今日は何月何日ですか?」と尋ねると、彼も携帯電話を見せてくれて「6月16日だよ」と教えてくれた。

その男はトラックの運転手で、出発前にクラクションを鳴らしてくっれた。手を振ってカメラを向けると、またクラクションで返してくれた。たった一言、言葉を交わしただけで、つながりを感じてくれたことが伝わってくた。自分から話しかけることは大切だと、教わった気がした。彼が運転するトラックは、私たちとは反対方向へ走り去っていった。





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