ベラルーシで初めての世界一周女性ライダー|エカテリーナ


先週末、カーチャ(エカテリーナ)が家に来た。

2018年8月18日にベラルーシ・ミンスクから世界一周の旅へと出発した彼女の、1日の平均走行距離は 800㎞。ロシア幹線道路をただまっすぐ走るのではなく、カザフスタンなども経由して、わずか20数日で日本へ渡ったのだ。

ヘンリー(愛車のBMW)はウラジオストクから、オーストラリアへ船で搬送。ヘンリーを日本に持ち込む方法を2年かけて探したけれど、ベラルーシと日本の何かしらの関係のため、それは不可能だった。

2輪で旅をすると決めていたカーチャは、日本で電動自転車を手に入れて旅を続けた。今年9月は雨が多く、また台風も酷かった。そんな中でも、橋の下でテントを張る彼女は「雨は問題なかったわ」と微笑む。

出会いのきっかけはフィンランドのヨーコ


あれは9月のある日。フィンランドでお世話になったヨーコから、メッセンジャーでメッセージが届いた。

エカテリーナという女性ライダーがもう直ぐ日本へ行く。ルッカのTシャツを渡してほしいから、ナナの住所へ送ってもいいか? 彼女はナナに、きっと良いインスピレーションを与えるだろう。

わたしは「OK」と簡単な返事をして、ただ荷物が届くのを待った。

ヨーコから「箱の隙間はチョコレートで埋めておいたよ。半分は君のものだ」と知らせがあったので、山ほどのチョコを想像していたけれど、届いたのはもちろん現実的な量。だけどそれは、心から「おいしい」と感じる味だった。

カーチャを通じてフェイスブックで知り合った、ロシア極東フリークバイカーのサトルさん。彼がカーチャの予定を度々私に知らせてくれた。気まぐれな旅人の予定を把握するのは、傍で一緒に過ごしている彼でも困難だったようだ。

私たちが旅をしていた時、どこかに招待されることは、嬉しいしありがたいけど、少し面倒でもあった。だからカーチャにも同じような気持ちになってほしくないと私は思ったけれど、そんな些細な気遣いは不要だと、実際にカーチャに会ってわかった。心も体もタフなのだ。

カーチャは今、伊勢にいる。奈良にいる。京都へ行った。いま奈良。大阪でドイツ人と会う。月曜には東京から迎えが来る。などなど。私は会う前から、その好奇心と体力に圧倒されっぱなし。

カーチャのインスタグラム:moto_katrina

カーチャと過ごした1日


こういう場合、大きな駅まで私が迎えに行くのが礼儀だと思う。だけど私は頭痛が続いていたので、サトルさんに最寄り駅までカーチャを送ってもらうことにした。そして夜7時半、アキオは不在だったので、私はセレナで駅まで迎えに行った。

見慣れた改札から出てきた異国の旅人カーチャ。第一印象は、違和感のない人。よく見ると派手な髪型、派手なタトゥー。なんだけど、静かな空気だった。もしかするとそれは、彼女が熱を出しているせいだったのかもしれないけれど。

ルッカのTシャツを渡して、チョコレートを渡して。チョコレートを食べて、梨を食べて。熱があるならチャイがいいかなと思ったら、「紅茶よりも緑茶が飲みたい、日本のものはなんでも好き」と彼女は言った。

熱が上がってきて眠くなったカーチャは、アキオの不在を惜しみつつも早めの就寝。サトルさんと話しているうちにアキオが帰宅して、サトルさんの旅話と珈琲で盛り上がった。


翌朝、私は朝ごはんも作らなかった。緑茶をすすりながら、カーチャの旅の話をみんなで聞いたのだ。二度と行きたくない道。最高に素晴らしかった地の果て。島々のこと。アフリカの危険地帯と安全地帯。

それらの土地を、彼女はたった一人で旅してきたのであり、これからも旅するのだ。1年かけて。(家には夫と、11kgのメインクーンが待っているというのに!)それは私には想像もできないこと。カーチャは根っからの冒険家なんだと感じた。


ハンバーガーと卵かけ御飯、どっちが食べたい?と訊ねると、もちろん答えは卵かけご飯。ということで、路面電車に乗って、朝ごはんを食べに行く。

電車で隣に座ったカーチャの睫毛が、あまりにも長く美しくカールしてる。マスカラもエクステもしてないのに。「私の夫はもっと長いのよ」だって。


お店はのんびりしていて、ご飯が出てくるまで長かった。それなのに、待ってる間に旅の写真を見せてくれたりして、退屈な素振りは微塵も見せない。

お箸を上手に使いこなし、おいしい、おいしい、と言って食べる。胡麻豆腐だけは「味がない」と言って残した。その素直さがまた可愛い。


カーチャの体調も気になるし、そろそろ。ということで駅へと向かう。

私とアキオは美味しいチーズケーキと珈琲のあるカフェに行く。カーチャは? と、いちおう訊ねてみると、「行く!あまいもの大好き!」って。


少し歩くだけの道すがらも、景色に面白さを見つけたり、会話を続けるカーチャ。一緒にいるときは考えごとに耽ることは無いように見え、それこそが最高の礼儀のように思えた。


チーズケーキをペロリとたいらげたカーチャは、おもむろに紙とペンを取り出し、とつぜん日本語の勉強を始める。


時間を無駄にしない。というよりも、「いいこと思いついた!いま日本語勉強しよう!」という感じ。素敵だな。


駅の改札口へと向かうカーチャの後ろ姿。色とりどりのリボンひとつひとつに、出会った人との思い出が結わえられている。

私は人より多くのリボンを持っているし、我が家には母の和布が山ほどあるけれど、彼女にふさわしいリボンはひとつも持っていない。あるいはそのように、怠惰に諦めたのかもしれなかった。

カーチャ、いってらっしゃい。さようなら。バイバイ。またね。

カーチャが私に与えた影響


ヨーコからカーチャの話が来た時、私は最初「面倒だなぁ」と思った。なぜなら私は今ねこに夢中で、近所へ買い物に行く時間さえ惜しいのだから。チョコレートさえ貰えれば、ルッカのTシャツは国内のどこかカーチャの指定する場所へ郵送しても良かった。つまり、傲慢だけれど、カーチャと直接会うことに興味がなかったのだ。

チョコが届いたのは10月7日で、カーチャがオーストラリアへ向かうのは10月20日。早く荷物を渡して、ヨーコとの約束を果たしてしまいたい。カーチャはいつ大阪に来るのかしら? そう思って、フェイスブックでカーチャの動きを追い出したあたりから、気づかぬうちに私はカーチャから影響を受け始めていたと、今になって思い当たる。

関東地方の橋の下で、一人テントを張って一晩過ごすカーチャ。

警官に補導されながらもツーショット写真をキメるカーチャ。

進入禁止の防波堤に進入して自慢気なカーチャ。

そういった自由奔放な旅人姿を写真で見て、過去の自分の旅がいかに守備堅かったかと、苦い気持ちになった。

一方で、マンホールの写真を集めたり。何気無い写真に、カーチャの目線、彼女の感性が映し出されていることに気がついた。それは、旅人か否かに関係なく、人生そのものにとって大事なことであって、私がもう何年も前に置き去りにしてきたものだった。彼女にとってそれは、フェイスブックやインスタグラムというメディア上だけのアプローチでは無いことが、実際に過ごしてみてわかった。

この世界の美しいもの、可愛いもの、不思議なもの、あらゆるものを見て触れてみたい。彼女にとってそれは旅の原動力のひとつとなるが、ふつう人は生きる原動力にしているだろう。

私の中にそれがあったのは、20代の頃だったか。結婚して 2年、その後実家で暮らして 2年。旅を終えて 2年。世界が広くなったぶん自分が小さく感じ、世界を知ったぶん知らないことの山の果てしなさを知った。私はきっと、そのことに怖気づき、見ること感じることを放棄して、世界への興味を失ったのだと思う。

カーチャと出会う前、こんなふうに自分の負の部分をさらけ出すことは時代遅れだし子供じみていると思っていた。とくに、SNSを使うようになってからは、書いていて自分で泣いてしまうようなことは発信してはいけないルールがあると信じていた。だけど、この世界の歩き方を決めるのは自分なんだと、カーチャが教えてくれた。難しい話をするのでもなく、説教するでもないのに、私にそのことを教えてくれたことが彼女のすごいところだ。もちろん、旅を命懸けで愉しみ、発信する努力を続けているからこそ。

カーチャの左腕のタトゥー。サトルさんは「なにかのアニメの絵」と言っていたけど、モアナのキャラクター・マウイとヘイヘイだった。モアナは後のお楽しみにとってあるようだ。結局のところ、私がカーチャを好きになった理由は「モアナのタトゥーをしているから」かもしれないな。

次の訪問国オーストラリアでは、働いて旅の資金を稼ぐという。そのあとアメリカでまた働いて、南米・アフリカへとカーチャは旅を続ける予定。ベラルーシの家に戻るのは 1年後と言っていた。そういう夫婦の在り方に、驚きよりも、感動する。

地球上のあらゆるものが、カーチャの旅を味方してくれますように。


Kate'n'ride
motokatrina.com
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